03-3531-6311 お問い合わせ
専務ブログ

家康を救った「佃の36人衆」2026.07.23

今回は佃島(東京都中央区)に伝わるお話をご紹介します。

天正10(1582)年、本能寺で織田信長が討たれたとき、堺付近に滞在していた徳川家康は、急いで三河へ戻るため、最短かつ安全な道を選ぶ必要がありました。

陸の移動では時間がかかるし危険も多い…そこで、摂津国佃村(現在の大阪市西淀川区佃)の漁師たちは、家康のために船を出して手助けしたと伝えられています。この逃避行は、後に「伊賀越え」と呼ばれるようになりました。

協力した漁師たちに恩義を感じた家康は、江戸に入府後、彼らを江戸へ招き入れ、江戸湾での特別な漁業権、年貢免除、将軍家への魚献上役といった特権を与えたそうです。

彼らは、移り住んだ隅田川河口の埋め立て地を、故郷の名にちなんで「佃島」と名付けました。

現在でも、佃島漁業組合による皇居へ白魚の献上や、祭礼の際にはお城の方角に向けてのぼり旗を掲げる習わしなどの伝統が残っていることから、佃島の人々は家康とのつながりを地域の誇りとして大切にしていることがうかがえます。

今年8月には3年ぶりに住吉神社の例祭が行われます。お祭りでのぼり旗を見る機会がありましたら、佃の36人衆の歴史に思いを馳せてみてはいかがでしょうか。